ばななとうのつぶやき

主に、恋愛、美容、仕事、就活、エッセイ・コラムなど、22歳大卒営業女子が体験・考えたリアルな情報をお届けする、雑記ブログです。

【エッセイ・コラム】「仕事」とは。

お題「どうしても言いたい!」

 

“モデル用のアカウントでは
一人の人格としての「自分」を
承認してもらおうとはしない”

 

これは私の自分ルールだ。

 

モデルは、言うなれば
どれだけ勝手なイメージを持ってもらえるかが仕事。

 

そのイメージや勝手な幻想が
本当の自分と一致している必要はないし、
一致していようといまいと


必要とされているイメージを

演じきるのが仕事だ。

 

 


モデルのか女優、
アイドルの仕事って、

 


自分をかわいがってもらえて、
自分をチヤホヤしてもらえる

 

そういう仕事だと思ってた。


でも実際は

 

求められてるのは
自分じゃなくて
カメラマンの撮りたい絵を作ってくれる“人形”で

 

スタイリストやカメラマンの
服やメイクや写真を
良くみせるための“道具”の一つで

 

自己管理がなってないと
すぐ別の商品(人)に変えられて


一緒に作品を作り上げてきたと思っていた人たちに
簡単に交換される

 

特にグラビアでは
雑誌を売るための“広告道具”として撮られ
性的な関心を引く“商品”として消費される

 

振袖とか袴のカタログなんて、顕著だ。

時間をかけて、
何枚も何枚も衣装を変えて、
同じようなポーズで写真撮って、


カタログを見る人が見るのは
着物だけ。自分じゃない。

必要なのは、
着物が良く見える“優秀なマネキン”


インタビューへの解答、
普段の振る舞いや生活、
発する一言一言でさえ、


プロデュースされ、ブランディングされた“キャラクター”として
イメージ通りの人物を演じ続けることが求められる。


違うことに反論することも認められない。

 

 


本当の自分のファンになってもらおうなんて
おこがましい話で、


求められるものを演じきって初めて
仕事をする人にも、
お客さんにも必要とされる。


逆に、
どれだけ必要とされても、
それは「自分」としてじゃなく
“優秀なマネキン”としてだ。


人間なら誰しも持っている、
「自分」として必要とされたい
ありのままの自分を認められたい
という欲求は、


どれだけ人気になっても、
満たされることはない。


もちろん
求められているのは
ありのままの私なんかじゃなく
「イメージ通りの商品」だから


そこに素の自分を
わかってもらおうとすることは
必要ない。

 

仕事中に「自分」としての承認欲求を満たそうとするのは
プロ失格だ。

 

よく考えてみれば、

 

誰も、
プライベートの素の自分のまま
ただ何をせず生きていて
ファンができる人はいない。

 

どんなにかわいい芸能人でも
芸能人として仕事をしていなければ
日常で何万人というファンが
つくことはない。

 

当然だ。

 

どんな職業でも、
「求められるものを提供する」のが「仕事」というもので、
仕事をするから求められるのだ。


あの、
男性女性限らず
嫌いな人はいないんじゃないかと思うほどの国民的人気女優、
ガッキーだって

 

実際は、
私たちが好きなのは
プライベートの「本当のガッキー」ではなく、
求められる“ガッキー”を演じきる
、という仕事をし続ける
「プロのガッキー」だ。

 

(そんなこと忘れさせるところがまた、
プロだからこそ為す技だ。)


求められるものを
会社に提供できない社員は
会社に必要ない。

 

同じように、

 

求められるものを
スタッフやお客さんに提供できないモデル・女優・アイドルは
現場には必要ない。

 

求められるものや
期待されているイメージが
例え本当の自分とかけ離れていようと、
しっかりと応えるのが
「仕事」であり「プロ」というものだ。


(そもそも、
期待通り、いや期待以上に結果を出さないと次の仕事はこないから、

楽しさよりプレッシャーが大きくて
本当の自分とか自分じゃないとか
そんなこと言ってる余裕も
ないのだけど、)


人がほしいものを提供するから
お金がもらえる。
それが「仕事」というものだ。

 

「仕事」とはなんなのか。
趣味と何が違うのか。


嘘をついて
架空のキャラクターを作り上げる
というほどのことをする必要は

ないと思うけれど、


このことを忘れずに
これからもしっかり心に留めておきたいと思う。

 

#とは #エッセイ #コラム #仕事 #モデル

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